商業登記で社長の自宅住所非公開化が10/1から可能【速報まとめ】

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目次

問題の所在

現在の会社法・商業登記法では、法人の登記事項証明書(いわゆる「法人登記簿」)において、社長(代表取締役)の氏名及び自宅住所を登記することが義務づけられています。

株式会社の登記簿(正確には、登記事項証明書)は、誰でも取得することが可能です。手数料を払えば、インターネットから誰でも簡単に株式会社の登記簿を取得することはできます。

株式会社を設立すると、法人登記簿において、社長の自宅住所が公開されてしまうため、起業家やフリーランス、著名人、アスリートの方が法人化を躊躇したり、または、株式会社を設立した後に、社長の自宅住所にいやがらせが受けたりするなどの被害があることもありました。今時だと、個人勢のYoutuberやVtuberの方が法人化を躊躇した一因になっているかもしれません。

そのため、株式会社も含めた法人登記簿において、プライバシー保護の観点から、代表者の自宅住所を非公開にすることを可能にすべきではないか、という議論が長年にわたって議論されていました。

ちなみに、ネットで検索してみたところ、法人の代表者の住所の非公開化の議論は、遅くとも、2009年頃から議論されていたようです。社長の自宅住所の非公開化が実現するには、15年以上もかかっていたことになりますので、驚きです。

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090117NTE2INK0317012009.html

 「株式会社などの法人登記簿に記載した代表者の住所について、正当な利用目的がない限り非公開とする制度改正を検討する」そうだ。「早ければ2009年度の会社法改正も視野におく」とのことである。

 記事では触れられていないが、下記「規制改革推進のための第3次答申」を受けて「検討」を開始するものであり、実現については、?である。会社法制定の際にも、下記「法務省の回答」のとおり、議論された結果として、登記事項として存置されたものである。

司法書士内藤卓のLEAGALBLOG
https://blog.goo.ne.jp/tks-naito/e/db121b1855c378a5d9986189472669d2

(2024年4月20日追記)
法人の代表者の住所の非公開化の議論は、遅くとも2003年からされていました。

代表取締役等の住所につきましては,プライバシー保護等の観点から登記事項から外すべきであるという御要望が,特に有名企業の代表取締役にかかわる問題として,出されているところではありますけれども,代表者の特定の問題,それから民訴法に基づく裁判管轄の規定の適用の問題等からいたしますと,その住所を登記事項から外してしまうということにはなかなか問題も多いのではないかとも思われるところでございます。この点についての御議論をちょうだいしたいと思います。

法制審議会会社法(現代化関係)部会第8回会議 議事録

社長の自宅住所の非公開化(代表取締役等住所非表示措置)の制度概要

いつから利用できるのか?

2024年4月16日、法務省は、法人登記簿において、社長の自宅住所の非公開化を可能にする新制度、「代表取締役等住所非表示措置」を発表しました。新制度は、2024年10月1日から運用開始されます。

代表取締役等住所非表示措置について

代表取締役等住所非表示措置は、商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号)によって創設された制度であり、令和6年10月1日から施行されます。
このページでは、代表取締役等住所非表示措置の概要や申出の手続などを掲載しています。


制度の概要

代表取締役等住所非表示措置は、一定の要件の下、株式会社の代表取締役、代表執行役又は代表清算人(以下「代表取締役等」といいます。)の住所の一部を登記事項証明書や登記事項要約書、登記情報提供サービス(※)(以下「登記事項証明書等」といいます。)に表示しないこととする措置です。

※登記情報提供サービスとは、インターネットを利用して登記情報を確認することができる制度のことです。詳しくは、登記情報提供サービスのホームページ(外部リンク)をご覧ください。

※ 注意 ※

代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合には、登記事項証明書等によって会社代表者の住所を証明することができないこととなるため、金融機関から融資を受けるに当たって不都合が生じたり、不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりするなど、一定の支障が生じることが想定されます。
そのため、代表取締役等住所非表示措置の申出をする前に、このような影響があり得ることについて、慎重かつ十分な御検討をお願いいたします。

代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合であっても、会社法(平成17年法律第86号)に規定する登記義務が免除されるわけではないため、代表取締役等の住所に変更が生じた場合には、その旨の登記の申請をする必要があります。

法務省
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00210.html

2024年10月1日に施行される商業登記規則等の一部を改正する省令も公開されています。

パブコメ(「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について)はこちらです。

社長の自宅住所の非公開化を利用すると、どう表示されるのか?

社長の自宅住所の非公開化(代表取締役等住所非表示措置)を利用すると、法人登記簿上、社長の自宅住所が完全に非公開になるのではなく、最小行政区画までは記載されます。具体的には、市区町村まで(東京都においては特別区まで、指定都市においては区まで)記載されることになります。

下記は、法務省が公開した法人登記簿のサンプルです(左が現行の法人登記簿、右が代表取締役等住所非表示措置を利用した場合の法人登記簿)。

代表者の自宅住所の非公開化が利用できる法人の種類は?

代表者の自宅住所の非公開化が利用できる法人は、今回の制度改正の段階では株式会社だけです。合同会社、NPO法人、弁護士法人等は、今回の制度対象では、法人登記簿において、代表者の自宅住所を非公開化することはできません。

ただ、今回の法改正を主導した自民党の議員の方はこのようなポストをされていますので、代表者の自宅住所の非公開化が利用できる法人の種類は、今後増えていくことが期待されます。

社長の自宅住所の非公開化はどうやればいいのか?

2024年10月1日から、法人登記簿において、社長の自宅住所を非公開化できる制度の運用が開始されますが、何もしなくても、社長の自宅

住所が非公開にはなりません。法務局に対して手続をする必要があります。

具体的には、2024年10月1日以降に、法人登記の変更登記をする際に、「代表取締役等住所非表示措置」の申出の手続をする必要があります。

 正確に言えば、代表取締役等の住所が登記される登記の申請(設立の登記、代表取締役等の就任登記、代表取締役等の住所移転による変更登記など)をする際に、代表取締役等住所非表示措置の申出をする必要があります。

申出の手続等

代表取締役等住所非表示措置の要件

1 登記申請と同時に申し出ること。
  代表取締役等住所非表示措置を講ずることを希望する者は、登記官に対してその旨申し出る必要があります。

  また、代表取締役等住所非表示措置の申出は、設立の登記や代表取締役等の就任の登記、代表取締役等の住所移転による変更の登記など、代表取締役等の住所が登記されることとなる登記の申請と同時にする場合に限りすることができます。

2 所定の書面を添付すること。
  代表取締役等住所非表示措置の申出に当たっては、以下の区分に応じた書面の添付が必要となります。

 ・上場会社である株式会社の場合
  株式会社の株式が上場されていることを認めるに足りる書面
  なお、既に代表取締役等住所非表示措置が講じられている場合は、不要です。

 ・上場会社以外の株式会社の場合
  以下の⑴から⑶までの書面
  なお、既に代表取締役等住所非表示措置が講じられている場合は、⑵のみの添付で足ります。
  また、株式会社が一定期間内に実質的支配者リストの保管の申出をしている場合は、⑶の添付は不要です。

  ⑴株式会社が受取人として記載された書面がその本店の所在場所に宛てて配達証明郵便により送付されたことを証する書面等
  ⑵代表取締役等の氏名及び住所が記載されている市町村長等による証明書(例:住民票の写しなど)
  ⑶株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面(例:資格者代理人の法令に基づく確認の結果を記載した書面など)

法務省
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00210.html

社長の自宅住所の非公開化をした場合のデメリットはあるのか?

会社にとってのデメリットはあるのか?

結論から言えば、法人登記簿上、社長の自宅住所を非公開化した場合に、会社にとってデメリットがあるかどうかは、業界(例えば、金融業界、不動産業界、司法書士業界等)の実務が、どういう反応をするか次第で、今は、まだよくわかりません。

会社の法人登記簿については、会社が取引をする場合の基礎資料としてよく使われます。例えば、法人を設立した際に銀行口座を開設する際には、必ず、法人登記簿を銀行に提出することになります。

また、会社の代表者の本人確認をする際には、「代表者の氏名と法人登記簿上の住所」と「代表者の運転免許証の氏名と住所」が一致することを確認することがよくありますが、会社の法人登記簿で、社長の自宅住所が非公開化されると、法人登記簿と社長の運転免許証だけでは、本人確認をすることができなくなるという事態も起こりかねません。

また、銀行から融資(特に新規融資)を受ける際に、法人登記簿で社長の自宅住所が非公開化されていると、銀行が融資に難色を示したり、追加の資料を要求してきて、工数が増えるという事態もあるかもしれません。

本人確認が発生する場面としては、他にも、不動産売買や、司法書士に登記申請を依頼する場面などがあります。

2024年10月1日までに、業界の実務がどういう反応を示すのか、徐々に見えてくると思いますので、注目したいと思います。

会社以外の第三者にとってデメリットはあるのか?

法人登記簿上、社長の自宅住所の非公開化がされた場合、デメリットがある第三者は、一定数出てくると思います。

例えば、弁護士の場合、クライアントから依頼を受けて、相手方である会社に対して通知を送ったり、訴訟を提起することは、日常業務として頻繁にあります。

ただし、法人登記簿に記載されている本店所在地に郵便物が届かないこともたまにあります。

この場合、法人登記簿に記載されている社長の自宅住所宛に通知を送ったり、社長の自宅住所を訴状の送達先とすることもあります。

また、法人登記簿上の社長の自宅住所の不動産登記簿を取得して、社長個人の資力調査をすることもよくあります。

しかし、相手方となる法人の社長の自宅住所が非公開化されていた場合、こういったことができなくなります。

代表取締役等住所非表示措置の制度の運用の詳細は、通達などでこれから発表されることになるかと思いますが、現時点(2024年4月)で公表されている情報では、法人登記簿上の社長の自宅住所が非公開化されていて、かつ、法人登記簿上の本店所在地に郵便物が届かない場合の対応としては、このような感じになりそうです。

  • 「当該株式会社が本店所在場所に実在しないことが認められた場合」には登記官が代表取締役等住所非表示措置を終了させることができるので、弁護士が「当該会社が本店所在地に存在しないこと」の調査をして、登記官に申出をして、登記官の判断を待つ
  • 利害関係人として登記簿の附属書類を閲覧請求して、閲覧する
  • (訴訟の場合は)は現地調査して付郵便または公示送達
  • 法務局に対して弁護士会照会を行う

ただし、いずれもそれなりの難点があります。

①については、どこまでの調査が必要で、登記官の判断にかかる時間が、今のところ分かりません。また、公表された商業登記規則等の一部を改正する省令では、登記官による代表取締役等住所非表示措置を終了させる対応は、登記官の職権のようですので、代表取締役等住所非表示措置をとっている法人の相手方(例えば、詐欺被害の被害者)に請求権があるわけではありません。なので、弁護士が相手方の会社の代表取締役等住所非表示措置を終了させるよう法務局に伝えても、登記官に対する単なる職権発動の促しにすぎず、登記官が対応しない場合の不服申立権はなさそうです。代表取締役等住所非表示措置の終了の運用については、これから通達などが出てきて、詳細が分かるかと思いますが、注目したいです。

②については、平成28年の商業登記規則の改正により、商業登記簿の附属書類の閲覧の申請書には,「閲覧しようとする部分」を特定して記載し、閲覧することについての「利害関係を明らかにする事由」を記載するとともに、「利害関係を証する書面」を添付する必要があります(商業登記規則第21条)。

(2024年4月22日。指摘がありましたので、誤りを訂正しました。失礼しました)。


「利害関係を明らかにする事由」「利害関係を証する書面」については、
  平成28年6月23日付け法務省民商第98号・民事局長通達
  平成28年6月23日付け法務省民商第99号・法務省民事局商事課長依命通知
に記述があります。利害関係を証する書面として、訴状案を作成して提出する必要があるとしたら、調査段階だとなかなか工数がかかりそうです。
 さらに、相手方となる会社の管轄法務局に物理的に赴いて、商業登記簿の附属書類の閲覧の申請手続をする必要がありますので、これも工数の増大要因です。相手方となる会社の管轄法務局が遠方の場合は、調査費用が著しくアップしてしまいます。

商業登記規則
(附属書類の閲覧請求)

第二十一条 登記簿の附属書類の閲覧の申請書には、請求の目的として、閲覧しようとする部分を記載しなければならない。

 前項の申請書には、第十八条第二項各号(第三号を除く。)に掲げる事項のほか、次に掲げる事項を記載しなければならない。

 申請人の住所

 代理人によつて請求するときは、代理人の住所

 前項の閲覧しようとする部分について利害関係を明らかにする事由

 第一項の申請書には、次に掲げる書面を添付しなければならない。

 申請人が法人であるときは、当該法人(第一項の申請書に会社法人等番号を記載したものを除く。)の代表者の資格を証する書面

 前項第三号の利害関係を証する書面

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=339M50000010023

 また、社長(代表取締役)の自宅住所を調べるためには、商業登記簿の添付書類のうちの、代表取締役の就任登記をする際の添付書類である代表取締役個人の印鑑証明書の閲覧を申請することになるかと思われます。
 ただ、代表取締役が重任した場合、印鑑証明書の添付が省略できる場合があります。さらに、株主総会や取締役会に出席し、席上で就任承諾した旨を議事録に記載していることも重なった場合は、さらに複雑になります。
 商業登記の附属書類の保存期間(10年)も考えると、附属書類を閲覧しても、代表取締役の自宅住所が分からない事例が出てこないかどうか、気になります(詳しい方に場合分けをしてほしいです。)。

③については、公示送達はなかなか使い勝手が悪い制度なので、限界があります。

④については、法務局に対して登記事項を弁護士会照会をするということが、これまであまり一般的ではなかったので、法務局が回答をするかどうかという点が懸念となります。2024年10月1日以降に、代表取締役等住所非表示措置が実施された会社について、法務局に対して、弁護士会照会を行った場合に、法務局が回答をするのかどうかについて、実務の運用待ちとなります。

弁護士会照会は、弁護士会によりますが、手数料としては数千円後半(郵送料を含めると実費で1万円前後)かかるかと思います。登記情報提供サービスで法人の登記情報を取得した場合と比較すると、金銭的コストは20倍以上、時間も数分だったのが2~3週間ということで、かなりの工数の増大要因となります。ただ、弁護士会照会が利用できるのであれば、①、②、③よりは、「マシ」な代替手段になりそうです。

(④について、2024年4月26日追記)

弁護士の立場だと、悪徳商法をする会社や、本店を頻繁に移動する会社を相手にする場合に、郵便や訴状を送達できる住所を調査する手がかりの一つとして、法人登記簿に記載されている社長個人の住所が使える場面がありました。

登記情報提供サービスを使えば、インターネット上で、数分と数百円のコストで、法人登記の情報を入手して、相手方の社長の自宅住所を調査することができました。この調査は、今までは初回相談で、その場で直ちにできたものでした。

しかし、2024年10月1日以降は、相手方の会社が社長の自宅住所を非公開化していた場合は、この手法は使えなくなります。

もちろん、上記のような代替手段はあるとしても、代替手段の工数はかなり増加し、そのコストは、クライアントに負担をお願いせざるを得ません。

しばらくの間は、登記簿図書館のデータを利用するという暫定的な対応もありかとは思います。ただ、時間が経てば、登記簿図書館に蓄積された過去のデータは古くなり、意味が薄れていきます。

いずれにせよ、法人登記簿上の社長の自宅住所の非公開化が可能となる新制度が開始する2024年10月1日以降の実務への影響に注目です。

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