退職合意書とは
合意退職とは、通常、会社が社員との間の合意に基づき、労働契約を終了させることをいいます。通常、会社が社員に対して退職勧奨を行い、退職日やその他の退職の条件について合意がまとまった場合に合意退職が成立します。
退職合意書とは、合意退職の内容を書面にしたものをいいます。
他方、解雇は、会社が社員の同意なく、一方的に社員との間の労働契約を終了させることをいいます。
解雇については、不当解雇だとして、解雇の有効性を裁判で争われると、会社による解雇が有効であることを訴訟で立証するのは相当ハードルが高く、時間もコストもかかります。また、会社の解雇が不当解雇だという判決・決定が出ることが少なくありません。
そのため、訴訟リスクをできるだけ回避したい会社では、退職してほしい社員に対して、退職勧奨を行い、合意退職をまとめることが現実的な場合が多いです。その際に、活用されるのが退職合意書となります。
退職合意書を結ばない場合のリスクとは
退職勧奨がまとまった場合に、口頭だけのやりとりだけですませてしまい、合意内容を書面にしていないと、会社にとって、このようなリスクがあります。
- 退職の際の条件の認識の差が生じてしまい、最終的に、退職届を出してもらえなかった。
- 退職勧奨で口頭で合意したのに、後から、対象社員から追加の要求(ex有給の買取、退職日の変更)をされて、トラブルになった。
- 退職届を提出してもらったが、「退職届を撤回する」と言われてしまった。
- 退職届を出してもらったが、後日、違法な退職勧奨をされたので退職届は無効であるとして、訴訟を提起された。
退職勧奨の対象となる社員というのは、通常、会社にとって退職してほしい社員です。対象の社員の方の勤務態度や勤務成績が不良であったり、協調性に問題があることもあります。そのため、口頭の合意だけでは、守ってもらえるのか、会社の立場では、心許ないことも少なくありません。
また、社員から○月○日に退職すると口頭で言われても、実際の転職活動が思うように行かないと、退職日の延長を求めてきたり、提出した退職届を撤回すると言われてしまうかもしれません。
口頭の合意だと、こういった場合の対応が困難です。
退職合意書を結ぶメリットとは
退職合意書を締結すれば、会社は、口頭の合意の場合のリスクを事前に回避し、トラブルの発生を防ぐすることができます。
また、退職合意書を結べば、会社は、円満な退職であることの証拠を確保することができます。仮に、後日、「違法な退職勧奨」の結果、無理矢理退職させられたとして訴訟をされたとしても、退職合意書があれば、「円満な退職」であると会社が主張立証することが可能です。
もちろん、従業員にとっても退職合意書を結ぶメリットはあります。
退職勧奨の際に、会社と合意した退職日や退職条件について、書面で残すことができますので、言った・言わないや、行き違いを防ぐことができるというメリットです。
退職合意書の具体的内容
退職勧奨の際に、交渉の対象となる事項はいろいろありますが、典型的には、下記の事項について協議を行い、合意をまとめることが一般的です。
退職合意書で定めることが多い条項の具体例は、以下のとおりです。退職勧奨でどのような合意がまとまるかが重要ですので、以下の条項を全て退職合意書に盛り込まないといけないわけではありませんが、ご参考にして頂ければと思います。
また、個別事案によって、下記の条項のサンプルでは不十分な場合(例えば、未払残業代があることが明らかな事案で、下記の条項の清算条項でカバーできているかどうか、競業避止義務の合意が厳しすぎるとして裁判で争われた場合等)があります。個別事案にどこまで対応した条項にすべきかは、弁護士に相談することを強くおすすめします。
重要度について、参考までにランクをつけておきます。
退職日、合意退職であることの確認 SSランク
1 甲と乙は、甲乙間の労働契約を2024年○月○日(以下「本退職日」という。)をもって、合意により終了させる。
2 甲は、本退職日をもって、乙を退職する。
退職日までの出社の要否と給料の取扱い Sランク
1 乙は、甲に対し、本退職日まで通常の給与を支給する。
2 甲は、2024年○月○日(以下「本最終出社日」という。)まで出勤して業務の引き継ぎを行うが、本最終出社日の翌日から本退職日までは、甲の出社義務を免除する。
未消化の有給の取扱い Aランク
本合意書締結時点での甲の有給休暇の残日数○日については、本最終出社日までの間に甲が取得することができる。
退職金等の金銭の支払 Aランク
乙は、甲に対し、退職金として○万円を支払う。
離職理由 Sランク
乙は、離職票の記載において、甲の離職理由を会社都合退職として取り扱う。
口外禁止、誹謗中傷禁止 Aランク
1 甲及び乙は、本合意書の内容及び本合意書の締結に至る経緯については、第三者に開示、口外しない。
2 甲及び乙は、口頭、電子メール、書面、SNS及びインターネット上等の手段を問わず、お互いに相手方の名誉・信用を毀損する言動を行わない。
貸与品の返還 B+ランク
甲は、2024年○月○日までに、乙から貸与された鍵、制服、スマートフォン、パソコン、社員証、セキュリティカード、その他の一切を甲に返却する。
私物の引き取り B+ランク
甲は、乙の施設内の甲の私物(以下「甲私物」という。)を2024年○月○日までに持ち帰るものとする。本最終出社日の翌日以降、乙の施設内に甲私物があった場合、甲は甲私物の所有権を放棄し、乙が甲私物を処分することについて異議を述べない。
転職支援会社の利用 Bランク
甲は、乙が指定する再就職支援サービス(株式会社○○が提供)を2024年○月○日から2024年○月○日の間、甲の負担なしに利用することができる。
秘密保持義務 Aランク
甲は、次の各号に定める情報(以下「本秘密情報」という。)について、厳に秘密として取扱い、在職中のみならず、退職後においても、第三者に開示、漏洩してはならない。また、甲は、在職中のみならず退職後においても、本秘密情報を自己または第三者のために使用してはならない。
(1)乙の商品・サービス開発(社外に未発表のものも含む。)、及び販売における企画、営業資料、販売戦略、価格等の情報
(2)乙のノウ・ハウ、製造技術に関する情報
(3)乙の財務、人事等に関する情報のうち、社外に未公表の情報
(4)乙と他社との業務提携に関する情報のうち、社外に未公表の情報
(5)乙の取引先の情報、乙の取引先と乙との取引内容に関する情報、乙の取引先が乙に提供した情報
(6)乙が機密情報として指定した情報
競業避止義務 B+ランク
甲は、乙を退職した後、退職後1年間は、乙の書面による事前の同意なく、○○県において、次の行為を行なわない。
(1)乙と競業関係に立つ事業者に在籍、就職若しくは役員に就任すること
(2)乙と競業関係に立つ事業者の提携先企業に就職若しくは役員に就任すること
(3)自ら開業し、乙と競業関係に立つ事業を行うこと
清算条項 Sランク
甲と乙は、甲乙間には本合意書に定めるほか、未払賃金(残業代含む)、その他名称の如何を問わず何らの債権債務関係がないことを相互に確認する。ただし、甲に適用される乙の就業規則及び甲が乙に提出した誓約書のうち、退職後の甲の義務について定められている部分については、引き続き効力を有する。
退職合意書を結ぶ場合の注意点
退職合意書を結ぶ場面は、会社と退職勧奨の対象となった社員との間で、協議を行い、退職合意が成立した後の場面です。ですので、退職合意書の条件を社員の方にとってあまり厳しくしてしまうと、そもそも退職をするという話が壊れてしまうと、本末転倒です。
例えば、同業他社に対する競業避止義務については、対象社員の転職活動のハードルを上げる条件となりますので、厳しい競業避止義務を求めると、退職勧奨の合意がまとまらず、退職勧奨が失敗に終わってしまうこともあるでしょう。
こういう場合は、営業秘密の持ち出しを禁じたり、日頃からデータの扱いを厳重に管理する等して、厳しい競業避止義務を課すことよりも、退職勧奨をまとめる方を優先すべき場合もあるかと思います。
もちろん、いろいろなケースがあると思いますので、対象社員に対する退職勧奨をまとめる重要性と、退職合意書で課す義務のどちらが優先すべきなのか、どこらでバランスを取るのかを、個別の事案で判断すべきです。
退職合意書の書式のダウンロード
退職合意書のサンプル書式を2パターン(シンプル版、詳しめ版)を提供させて頂きます。実際にまとまった退職合意の内容に即して、適宜、アレンジしてお使いください。
退職合意書(シンプル)
退職合意書(詳しめ)
当事務所へのお問い合わせ
退職合意書の作成について、不明な点がありましたら、当事務所までお問い合わせ頂ければ、アドバイスさせて頂きます。また、退職勧奨の進め方についても、対象となる社員の方の詳しい事情をお伺いできれば、具体的なアドバイスを行うことも可能です。