【解説】婚前契約を結んでいないスタートアップ創業者が抱える離婚リスクとは【婚前契約のひな型DL可能】

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婚前契約(夫婦財産契約)を結ばずに、離婚するとどうなるのか

現在は、結婚した3組に1組の夫婦が離婚する時代です。

結婚してからスタートアップを創業した創業者が、婚前契約(夫婦財産契約)を結んでいなかった場合、配偶者と離婚すると、財産分与をする必要があります。

財産分与では、夫婦が結婚後に築いた財産については、原則2分の1ずつ分けることになります(注)。

(注)協議離婚・離婚調停で話がまとまらず、裁判離婚となった場合、創業者の配偶者の寄与度や貢献度合い等の諸般の事情を考慮して、配偶者に対して、2分1ではなく、2分の1未満の割合による財産分与を命ずる判決が出る場合もあります。

スタートアップ創業者の財産については、スタートアップの自社株の価値が占める比率が高いため、自社株も財産分与の対象とすることは避けられないことが通常でしょう。

ただ、スタートアップの段階(シリーズA、シリーズB、シリーズC等)にもよりますが、創業者が自社株の相当部分を配偶者に財産分与してしまうと、経営上の問題を生じかねません。

例えば、このようなリスクが顕在化します。

投資契約違反

スタートアップ企業では、ベンチャーキャピタルからの投資を受け入れる際に投資契約を締結します。投資契約では、創業者(経営株主)は、投資家の同意がない限り、自社株を譲渡することはできないと定められることが通常です。

スタートアップ企業では、創業者(経営株主)がオーナー株主としてコミットしなければ事業が成長しないと考えられているからです。

違反の場合には、投資契約上のペナルティ(投資家の株式の買取義務等)が定められていることもあるでしょう。

しかし、離婚した場合に、創業者が保有する自社株が配偶者に財産分与で譲渡されることについて、投資家の同意がなくてもよいという条項が投資契約にあることはまずないでしょう。

となると、創業者が離婚をする場合は、配偶者から自社株の財産分与を求められると、投資家との関係で、非常に苦しい立場となります。

創業者としては
【その1】創業者の配偶者と協議をして、自社株の財産分与を諦めてもらう代わりに、相当程度の代償金(清算金)を支払う合意をまとめる
【その2】財産分与により創業者の配偶者に株式が譲渡されることについて投資家全員の同意を得る

のどちらかの対応を行う必要があります。

【その1】については配偶者を説得するために、代償金(清算金)として相当のキャッシュを用意する必要がありますが、上場前(又はM&Aによるエクジット前)の創業者は、多額のキャッシュを持っていないことが多いので、外部からの資金調達が必要となり、困難が生じます。

【その2】については、投資家全員の同意を得ることは相当困難なのではないでしょうか。同意を得られない投資家が出てしまうと、投資契約違反として、株式の買取を請求されるなど、さらに問題が拡大するリスクがあります。

自社株の財産分与の代わりにキャッシュを渡す余裕がない

創業者が離婚をする場合、配偶者から自社株の財産分与を求められた場合、自社株を現株で渡すのではなく、自社株の価値に相当する金銭(キャッシュ)を渡して、協議離婚をまとめるという「対策」はあります。

ただ、財産分与の際に自社株の株価をどのように評価するのかは論点となりますが(純資産額、時価純資産額等)、スタートアップ企業の株価(例えば、直近の増資時の株価)等で評価すべきだという主張も配偶者からはされるかもしれません。

自社株について高い株価がついてしまうと、財産分与として、配偶者に自社株の相当数を渡さないかわりに、代償金(清算金)として渡すキャッシュをを創業者が個人的に準備することは容易ではありません。

また、近い将来に上場が見えているステージで、創業者の配偶者が依頼する弁護士が「手練れ」の場合、交渉戦略として、「キャッシュはいらない。原則通り、自社株の相当数を財産分与で渡してほしい。財産分与で現株でもらった後、会社が上場した後に、市場で売却した方が有利だ」という主張をしてくると、非常にやっかいなことになります。

少数株主として権利行使をされる

スタートアップ企業で、財産分与の対象となる自社株を渡さずに、清算金(代償金)として創業者が相手に提示した金額に相手(配偶者)が不満で話がまとまらず、裁判離婚までもつれてしまった場合は、最終的には、創業者が保有する自社株の相当数を渡すことになりかねません。

スタートアップ企業の相当数の自社株を財産分与により取得した創業者の元配偶者が、(創業者に反感を持つ)少数株主として、権利行使をすると、これも非常にやっかいです。

例えば、少数株主が行使できる権利は、下記のようなものがあります(網羅的ではないです。)。

総株主の議決権の1%以上または300個以上取締役会設置会社株主の議題提案権、議案の要領記載請求権(会社法303条・305条)
総株主の議決権の1%以上総会検査役選任請求権(会社法306条)
総株主の議決権の3%以上または発行済株式総数の3%以上会計帳簿閲覧請求権(会社法433条)、検査役選任請求権(会社法358条)
総株主の議決権の3%以上役員等の責任免除に対する異議権(会社法426条7項)
総株主の議決権の3%以上または発行済株式総数の3%以上役員・清算人解任の訴えの提起権(会社法854条・479条)
総株主の議決権の3%以上株主総会招集権(会社法297条)
総株主の議決権の10%以上または発行済株式総数の10%以上解散請求権(会社法833条)
一定の株式を持っていれば行使できる権利
株主総会における議決権(会社法105条)
定款閲覧謄写請求権(会社法31条)
株主名簿閲覧謄写請求権(会社法125条)
株主総会議事録閲覧謄写請求権(会社法318条)
取締役会議事録閲覧謄写請求権(会社法371条)
計算書類閲覧謄写請求権(会社法442条)
取締役の違法行為差止請求(会社法360条)
株主総会決議取消の訴え提起権(会社法831条)
1株でも持っていれば行使できる権利

スタートアップ企業の創業者の配偶者は、離婚する際の財産分与の条件(例えば、自社株の評価)に不満がある場合は、いったん自社株を現株で取得し、その後、上記の少数株主としての権利を行使しながら(言葉は悪いですが、会社に対するプレッシャーを常にかけ続けて根負けさせるまでやる)、自社株の高値での買い取りを目指すか、スタートアップ企業が上場するのを待つという戦略もあります。

また、昨今では、少数株主の株式を買い取り、株式買取請求権を行使してくる買取業者も存在します。

スタートアップ企業にとって、IPO又はM&A前に、敵対的な株主の対策を余儀なくされるというのは、相当な負担になります。

もちろん、ここまで「徹底的」な対応をする創業者の配偶者の方は、非常に少ないとは思います。ただ、離婚の際の経緯だったり、スタートアップ企業の時価総額次第では、「徹底的」な対応をしてくることはないという保証はありません。

では、スタートアップの創業者はどうすればいいのか?

結婚前の場合

スタートアップの創業者が離婚した場合の上記リスクを回避するためには、結婚前に、婚前契約書(夫婦財産契約)を締結して、

「婚姻前又は婚姻中に創業者が取得した未上場の株式会社の株式については、創業者の特有財産とし、二人が離婚した場合の財産分与の対象から除くものとする」

という条項を設定するという対応があります。

もちろん、創業者の配偶者の婚姻中の貢献度合い(家庭内、会社内)によっては、婚前契約書で上記の条項を定めたとしても、裁判離婚で判決となった場合は、裁判所による修正が入る可能性(例えば、創業者の資産のほとんどが自社株で、自社株を考慮しなければ財産分与の対象金額があまりに低くなる場合に、自社株の価値増加分のうち一定割合についての財産分与を判決で命じられる等)はあります。

また、婚前契約書(夫婦財産契約)時に、創業者の配偶者の相手方に対して、きちんとした説明をしていなければ、婚前契約書(夫婦財産契約)の錯誤取消や公序良俗違反で無効だという主張をされる可能性もあります。

ただ、現行法では、スタートアップ創業者が離婚の際の財産分与で、離婚時の財産分与のリスクを回避する方法は、婚前契約(夫婦財産契約)の締結が、ほぼ唯一の方法であるというのが実情です。

結婚後の場合

上記で説明した婚前契約書(夫婦財産契約)を締結する場合は、婚姻前(結婚前)である必要があります。

既に結婚しているスタートアップ創業者の方にとっては、婚前契約書(夫婦財産契約)を締結することはできないため、対応ハードルはあがります。

例えば、

【その1】一度、協議離婚をして、婚前契約を締結して、再婚する
【その2】婚後契約を締結して、離婚時の財産分与の方法について取決めをする。
      →例えば、自社株も財産分与の対象になることを前提に、評価方法や清算金の支払(ある程度、長期の分割払い)について合意する。

といった方法です。ただし、どちらの方法も難点があります。

【その1】は、そもそも創業者の配偶者が、そんなことに応じてくれるのかというハードルです。
 世間では少数ではありますが、実例はあるようです。

【その2】は、将来の離婚時、もっといえば裁判離婚となった場合に、どこまで裁判所が婚後契約の内容を考慮した判決をしてくれるのか、この分野での裁判例の集積がほとんどないため、予測が困難なところです。
 もちろん、離婚する際に、裁判離婚までもつれることは全体の離婚の1%程度とされています。ほとんどの離婚は、協議離婚・調停離婚となりますので、【その2】の対応をしておけば、離婚の条件の話し合いの材料としてはある程度は使えるかとは思います。

スタートアップ創業者様向けの婚前契約書のひな型

上記の離婚リスク(財産分与)に対応したスタートアップ創業者様向けの婚前契約書のひな型(テンプレート書式)はこちらとなります。

ただし、必要最低限のものになりますので、実際に使用される際は、弁護士に相談して、ご利用される創業者様の実情に応じたカスタマイズをされることをお勧めします。

婚前契約は、結婚前に締結する必要がありますので、創業者様とパートナーの方が署名捺印した後、最寄りの公証役場に調印済みの婚前契約書を持って行き、確定日付をとることをお勧めします。公証役場の一覧はこちらです。

確定日付も必ず「婚姻前」に取得するようにしてください。

確定日付に関する日本公証人連合会の解説はこちら。
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow10

よくある質問

パートナーに婚前契約書の締結が必要な理由をどのように説明すればいいでしょうか?

正攻法で、正直に説明するのが、署名してもらえる確率が上がると思います。例えば、

・これからスタートアップ企業を立ち上げようと計画している。
・会社を立ち上げたら、投資家から出資を集めて、事業を成長させて会社を大きくしたい。
・投資家の立場からみると、私(創業者)とあなた(結婚予定の相手)が結婚した場合、万一、何らかの理由で離婚してしまうと、私が持っている会社の株式も財産分与の対象となり、あなたが会社の株式を取得することになる。投資家の立場からすれば、会社の事業に関わっていない人が大株主になると困るし、そのようなリスクのある会社には出資できない、といわれている。
・投資家から出資を集めることができなければ、会社を大きくすることはできない。
・投資家から出資を集めて会社を大きくしたいという自分の夢のため、この婚前契約書に署名してもらえないか。是非、協力してほしい。

みたいな話し方ではいかがでしょうか。

婚前契約にサインしてほしいという話をしたら、パートナーが弁護士に相談しに行くと言ってきたが、どうすればいいでしょうか?

パートナーの方が、弁護士に相談しに行くと言われたとのことですが、「弁護士に相談しないでくれ」とは絶対に言ってはいけません。これをいってしまうと、パートナーの方から、「弁護士に相談しに行くとやましいことがあるのではないか」と、疑われしまい、婚前契約締結の可能性が大きく下がるからです。

逆に、「急に婚前契約とか、会社を設立して、投資家から出資を募るとか、難しい話をいってすまない。弁護士に相談にいって、よく説明してもらい、○○の疑問を解消してから、婚前契約に締結するかどうかを決めてほしい」といった方が、パートナーの方の信頼を得られるのではないかと思います。

もちろん、創業者様とパートナーの方のお二人の関係性次第で、どう対応した方がいいのかは変わります。ご不安なことがあれば、詳しい弁護士にご相談頂ければと思います。

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